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ピラティス エルダー Pilates Elder(長老たち)④

キャスリーン・スタンフォード・グラント
(Kathleen Stanford Grant, 1921-2010)

1921年にマサチューセッツ州ボストンで生まれました。バレエを始めたのは9歳のとき。ボストン音楽院でバレエを習い、バレリーナを夢見るアフリカン・アメリカンの少女でした。高校の夏はニューヨークで過ごし、カーネギーホールに行ってバレエを勉強していたそうです。

 

1945年にニューヨークに移り、ダンスクラブでコーラスガールとダンスキャプテンとして人気者になりました。

1947年、初の総合ブロードウェイ公演とされる「フィニアンの虹」にアンサンブルキャストとして参加しました。

1949年にはスペイン、イタリアをダンスで巡り、1953年にニューヨークに戻ると、同じくアメリカの黒人ダンサーであるアーサー・ミッチェルやドナルド・マッケイルらとともに活躍しました。

 

1950年代に膝の手術を複数回受けましたが、術後が芳しくなく、バレエのグラン・プリエの動きをすると激痛が走るようになってしまいました。そのリハビリのために、マーサ・グラハム・ダンスカンパニーのダンサーだったパール・ラングからジョセフ・ピラティス(ジョー)を紹介されました。ジョーの指導により膝の問題は解消され、ダンスに復帰することが叶いました。

 

1957年にキャロラ・トリアーのピラティススタジオでアシスタントになり、ジョーの下で直接指導を受けながらピラティスを教えました。

1964年、ジョー自身が監督した公的な指導プログラムを受け、ジョーのピラティスメソッドを教えることを目的とした、初めての正式な認定を受けた2人のうちの1人になりました。

1965年から1970年代は、クラ―ク・センター・フォー・パフォーミング・アーツのディレクターや、バレエ団であるダンス・シアター・オブ・ハーレムの事務局長に着任し、ニューヨーク芸術評議会にも所属していました。

 

1972年になると、デパート、ヘンリ・ベンデルでピラティススタジオの経営を始めました。1988年にはスタジオをニューヨーク大学ティッシュ芸術部に移し、学生や一般の人から引退したダンサーやプロダンサーまで、幅広く教えました。

2003年にはピラティスメソッドアライアンス(ピラティス指導者の国際的な資格、教育基準を設定している非営利組織)のカンファレンスで、マスタークラスを教え始めました。

2006年にはカルフォルニア州ロングビーチで開催されたバランスドボディ社によるワークショップ(Pilates on tour)で講演を行いました。

 

2010年に88歳で亡くなるまで、キャシーはプロダンサー、振付師、アートアドミニストレーター、ピラティス指導者として、人生を全うしました。黒人ダンサーの道を拓いた革命者であると同時に、ジョーから直接指導を受け50年以上ピラティスを教えた彼女は、ピラティス界においてもまた、偉大な先駆者でした。

 

 

 

 

 

 

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